釣獲魚(白身)の食べ頃と熟成
遊漁者が釣り上げた小型の白身魚は、どのように処理して、いつ頃食べれば美味しいのか。北海道のエゾメバルを材料にした処理・管理方法と食味官能試験の結果を記します。
釣り人の多くは、魚は新しいほど美味しいと思っているようですが、それは必ずしも正解ではありません。なぜなら、大型魚や魚種によってはあてはまらないからです。
同じ魚類であっても、マグロ(赤身)とヒラメ(白身)では異なります。また同じ魚種でも大きさで異なります。これは周知の事実です。
釣った魚は、いったいいつ食べると美味しいのか。それを本当に分かるには、実験してみるしかありません。ということで、実際に試してみることにしました。試すのは、ガヤ。
道内では珍重されないガヤですが、内地人の私は数年前から ガヤの味 には親しんできて、蔑むほど不味い魚だなどとは思いません。外見に違和感は無く、きれいな白身ですから、扱い次第、調理次第とも思います。
より美味しく食べるには。先に結論を言うと、"熟成"です。
一尾ずつ釣り上げ、即締めして 血抜き し、ていねいに捌いて、雑菌を除去して、低温下に置き、熟成させて旨味を作る。
そのプロセスに難しい操作は何もありませんが、ガヤがこのように高級魚並みにていねいに扱われることは稀だと思います。目指すのは、コリコリのテクスチャーの鮮度感ではなく、寿司だねにするような、旨味重視の仕立てです。
いわゆる熟成には時間がかかるために、腐敗や変敗を防ぐ必要があり、これがポイントになります。遊漁者である私には、特別の装備や道具はありません。その中で考えた方法は以下の通りです。
長期保存による旨味創出のための魚体処理と管理
内蔵を傷つけずに取り出すために カイコーン を使用 |
腐敗の原因は雑菌(腐敗細菌)です。魚体表面(ウロコの裏側を除けば)には、細菌は多くは居ません。一番多いのは、消化管内で、次がエラです。なので、作業としては、ウロコを落とし、内臓に傷をつけないように腹を裂き、頭とエラごと除去します。
次いで、背骨の下側の血ワタ(腎臓を含む)や浮袋等を、ブラシも使って丁寧に掃除し、腹腔内に何も残らないように仕上げます。必要に応じて、尾鰭や背鰭、尻鰭もハサミで切り落とします。
一連の作業では、真水で流水洗浄しながら、が基本です。作業完了直後には、ヘッドレスの魚体には、細菌はごく少なくなっているはずですから、ここからは増やさないことが必要になります。
エゾメバル供試魚の冷蔵保存状態 |
菌が増えない状態で時間が経過すると、高鮮度の初期に感じられるイノシン酸の旨味から、たんぱく質の分解により生じるアミノ酸類やペプチドの旨味に変化すると言われています。これが"熟成"です。
その理論は理論として、ここでは実際にガヤの味がどのように変化するのかを実験しました。
供試魚は、2023.08.27に北海道礼文町東上泊漁港の防波堤港外側先端の消波ブロックとの隙間で釣獲したものです。いわゆる 穴釣り ですが、一つの穴だけで釣った魚なので、魚体のサイズ違い(ヘッドレスで148~92g/尾)による成熟度合いの相違は多少ありますが、経験的には、全体として味覚への影響が有意に大きいとは考えにくい物です。保存は、滞在した住宅備え付けの家庭用冷蔵庫で、温度計測できませんでしたが、推定で5℃程度と考えられます。
エゾメバル食味官能試験の結果
8/27 当日 ヘッドレス=92gを調理
ギリギリ火が通るくらいに弱火で、余熱も使って注意深く加熱しました。それでも、かなり縮んだことが、尾の部分に突き出した骨で分かります。食べると、生ならコリコリが弾力に変わって、箸を跳ね返して食べにくいほどです。ガヤにはそもそも旨味(ATP由来のIMP)は少ないのですが、塩が旨味を引き出します。その証に、上身より下身の方が塩が回って旨味をより強く感じます。いたずらにポン酢を垂らしたら、相乗効果の旨味で、もう十分OKです。もちろん青魚のような強烈な旨味ではありませんが、立派に上品な総菜になります。味的には当日でも合格点を付けられそうですが、この先、腐敗するまでの間にどんな味の変化を経験するのか、楽しみです。
8/28 1日後 ヘッドレス=109gを調理
前回対比 ↑
前回とまったく同じ個体を食べ比べるのではなく、また食べる自分の体調の違いも味覚に影響します。そういう誤差とは言えない要素も含みますが、あえて目をつぶり、正直な感想だけは心がけて書きます。
火の通りが甘かったので、電子レンジ加熱を追加しました。その前後でかなり食感も食味も変わりました。追加加熱後の方が美味しいです。追加加熱後の味について記します。
供試魚は毎回少しずつ大きくなります。そのわずかに大きかった分か、前回気づかなかったのか、この日の魚からは僅かな脂滴が皿に見られました。旨味に大きな違いは感じられなかったのに美味しいと感じられたのは、この脂肪分の味のせいかもしれません。前回は「いたずら」と言いつつもポン酢を足しましましたが、この日の魚は酒塩の味だけで平らげました。それで食べられるだけの味だったのでしょう。舌は正直です。テクスチャーに関しては前回同様でした。
8/30 3日後 ヘッドレス=117gを調理
前回対比 →
振り塩がわずかに少なかったのか、旨味が減ったように感じましたが、誤差程度のこと。それよりも、苦みを感じたのが不思議でした。過去にガヤで感じたことのない五味の一つです。食感は、相変わらずしっかりと弾力がありましたが、少し落ちたようにも感じました。総じて、前回との違いは微小でした。
9/01 5日後 ヘッドレス=120gを調理
前回対比 ↑
冷蔵庫において5日目ですから、買った魚ならぼちぼち臭う頃ですが、釣った物で、かつていねいに処理しているので、初期腐敗にも至りません。食べてみると、はい、◎。あっという間に上身を食べ、続いて下見もペロリ。今までの中では一番の味だったと感じました。
ただ、魚の個体差、塩加減、火加減、自分の体調等々、評価に影響する要素が多く、断定するには差が大きくはありません。
9/03 7日後 ヘッドレス=125gを調理
前回対比 →
そろそろ何らかの変化が見えるかと思いましたが、前回から変化無し。白身の魚はタラのように足の早いものもある反面、タイのように保ちの良い魚もあります。このエゾメバルは、かなりもちが良いようです。
加熱前に触れると、身質の弾力が低下したように感じましたが、加熱後は皮も身もしっかりと弾力があり、7日経過が嘘のようです。もちろん臭いも無し。安価な料理酒を使っていますが、もしかしたらマスキング(消臭)効果があるのかもしれません。
上身を食べて下身に移る際に、ひっくり返す方法と骨を外す方法とがあります。後者の方法では、鮮度が落ちると腹骨が背骨から外れて身肉に残ります。この時は、きれいに腹骨も背骨と一緒に外せたので、関節の変化(劣化?)が小さいことが分かりました。魚の特徴か処理が適切なのか。
いずれにしても、7日めにして未だ十分にいただけます。北海道の人は総じて食べることには贅沢のようですからガヤを馬鹿にしているようですが、内地で業務用なら、素材としては合格点のはずで、後は調理法だけです。ただし、ガヤという小型魚に対して、今回のテストのような丁寧なハンドリングができるか否かが問題です。
9/06 10日後 ヘッドレス=137gを調理
前回対比 ↑
いよいよ、なかなか味わう機会の少ない、釣獲後10日目のガヤです。人体実験とまでは思いませんが、私の経験でも、メジナの刺身7日目というのが、過去の最長です。
さて、10日目のガヤは如何に。臭いは全くありません。しいて言えば浸した料理酒からくる酒の匂いです。蒸し上がった魚は、前回までとははっきり変わりました、味もテクスチャーも。
食感は、柔らかくなりました。加熱前に無傷だった皮が破れたのが、身質変化の現れです。ただし、身肉は崩れたのではなく、弾力+ほっくりに変わりました。魚調理の理想的なテクスチャーと言っても過言ではありません。
味は、クセまたは個性という魚の特徴が薄まり、えもいわれぬ、この魚は何ですか?というマイルドな旨さに変わりました。
10日目に見えた変化は、たんぱく質の分解から生まれるアミノ酸やペプチドの旨味が生じている可能性を感じました。いわゆる"熟成"の結果を思わせます。
9/10 14日後 ヘッドレス=148gを調理
前回対比 →
実験期間を14日間としたのは、計画時に、腐敗させない限界期間と考えたからですが、ここまで腐らせずに保たせられることが分かっただけでも成果です。
実際に、腐敗臭は全くありません。味は前回対比で大きくは変わりませんでしたが、少し上がったように思います。一瞬、エゾの付かないメバルと比べてしまいました。
それは、自己消化が進んだのだと思います。この先、どこまで追う価値ががあるのか分かりません。残念ながら、供試魚が尽きましたので、ここまで。
まとめ と 感想
白身魚全般に言えることかどうかは分かりませんが、そもそも青魚のような強い旨味を持たないガヤにも、時間経過で(旨)味の変化があり、その良い変化は釣獲後10日程度で現れること。ただし、その発現のためには、適切な空気遮断と低温管理の必要性がうかがわれること。
赤身の青魚での長期熟成は、旨味の元のヒスチジンがヒスタミンに変わって起こるヒスタミン中毒が恐くて手が出ませんので、白身の魚での実験は貴重な経験でした。
魚の処理と保存と熟成の味を知って目から鱗が落ちたのは、釣れてくれたガヤ(エゾメバル)のおかげです、感謝 !!
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